清楚な華族の姫君・寿子に恋した公三郎。ところが自分の家・若水家のせいで寿子の家族が破滅したと知り、苦悩します。
その裏で、寿子は育ての親である志方男爵に無体を強いられ、公三郎を慕いながらも、もう二度と会えないと絶望して・・・寿子と公三郎の悲しい恋の結末が描かれています。
作品名:声なきものの唄~瀬戸内の女郎小屋~
作者:安武わたる
「声なきものの唄」第八話 あらすじとネタバレ
追い返された公三郎
おまえは寿子の仇の家の者だ、と志方男爵に追い返されてしまった公三郎。
寿子は、そんな彼を泣きながら見送ることしかできない。
「公三郎様・・・」
「かわいそうになあ、寿子。わしが慰めてやるからな」
寿子は仇の若水家のものだと知っても、公三郎を憎む気にはなれなかった。
過去にあった出来事は、公三郎のせいではない。
だが、寿子はもはや公三郎に合わせる顔がなかったのだ。
男爵と寿子
義理の父親として7年間育ててくれた恩義があるとはいえ、とても許せることではない。
「こんな真似をされて、あなたを憎まないとでも?」
今に自分のことを好きになる、とぬけぬけと言う男爵。
それを聞いて、わたしはあなたを大嫌いだと拒否している、と寿子は大笑いした。
寿子を助け出して駆け落ち
寿子のことで思いに暮れる公三郎だったが、金があって、顔も頭もいいと褒められていても、そのどれもが役に立たない。
彼女にせめて、ひとめでも会いたい。
その思いで物陰から、男爵と寿子が外出する姿を見ていたところ、やけにやつれた寿子と男爵を見て何事があったのか察する。
公三郎は馬車の前に飛び出し、寿子を助け出した。
「僕は君の仇かもしれんが、君を守りたいんだ!」
その言葉に、手に手をとってふたりは逃げ出し、駆け落ちする。
ひっそりと夫婦になったふたり
誰もふたりを知らない西伊豆の小さな漁師町に見をひそめ、夫婦になった寿子と公三郎。
お嬢様とお坊ちゃまだった過去は捨てて、すっかり浜の貧しい生活にも慣れていた。
「私・・・なんて幸せだろうって」
力仕事で痛む公三郎の腕をもんで、寿子は笑顔で言った。
公三郎もまた、生まれて初めて「生きている」気がしていた。
男爵に見つかり、起こった悲劇
生活は苦しくても、労りあい、幸せなふたり。
上流の生活を匂わせるのは、持ってきた「古今集」のみ。
わが恋は行くへもしれず 果てもなし
今、一緒にいられれば、それだけで何も要らない。
寿子のお腹に新しい命が宿り、公三郎はますます張り切って仕事に出かけた。
だが、とうとう志方男爵に見つかり、寿子は捕らえられてしまう。
男爵は刀を抜いて公三郎に斬りかかったが・・・
「声なきものの唄」第八話の感想
惹かれ合うふたりが引き裂かれてしまう運命にいたずら、そしてつかの間の平穏な幸せの日々に胸が切なくなりました。
たとえ何もない貧しい暮らしであっても、心底から愛し合える人が目の前にいてくれさえすれば、幸せになれるのだと。
寿子と公三郎が純粋に恋し合う姿に、ホウッとため息が出てしまいました。いいですよね、こういうピュアな恋愛って。
せっかく幸せになれそうな二人だったのに、男爵のせいで・・・。
公三郎は生き残りましたが、胸に刀傷が残り、古今集の恋歌だけが寿子との思い出になってしまいます。
若様がやたらと人生をあきらめたような、達観した様子だったのはこんな辛い過去があったからなんでしょうね。
もちろん、チヌはそのことを知る由もありませんが、寿子との思い出の曼珠沙華をたまたま飾って若様の表情が気になったり、古今集に何か思い入れがあるのだな、と女の勘で気づいてます。
公三郎にとって寿子以上の女性はなく、もう一生恋をしないと考えているのでしょう。
チヌのことを思えば、過去に囚われたまま生きるのではなく、新しい恋で人生を生きなおしてほしいなあ、と読者としては期待してしまいます。
つぎの話からは、またチヌの本編に戻ります。