紅緒太夫が去ったあと、「お職(最上位)」になった巴太夫。
巴姐さんのちょっとお転婆な士族の娘だった少女時代を描いたお話が第11話「牛の瞳」です。
牧場を経営していた父のもと、牛や馬たちと一緒に野原を駆け回っていた明子(巴の本名)は、転落した運命のなかでどう生き延びたのか。
少女時代から明子を見守ってきた徳次のふところが大きな愛に、胸がキュンとするお話です。
作品名:声なきものの唄~瀬戸内の女郎小屋~
作者:安武わたる
「声なきものの唄」第十一話 あらすじとネタバレ
お転婆な牧場の少女・明子
岡山の宇原牧場で馬に乗って「見て、お父様!」と駆け回る快活な少女・明子。
士族の娘ながら、牛や馬に囲まれて育ち、すっかりお転婆になっていた。
使用人の息子・徳次はトロ臭い性格だったが、牛のように穏やかな青年でいつも明子のそばにいた。
母が焼いてくれるはちみつパンとしぼりたての牛乳が最高で、牧場の跡取り娘として幸せな日々を過ごしていた。
伝染病と牧場の危機
明子の父は「肉と牛乳がこれからの日本の富国強兵に必要」と決心して、借金をして牧場を開いていた。
ある日、牛たちが伝染病にかかり、三分の一に減ってしまう。
経営が悪化し、父は金策に走り回るが崖から落ちて亡くなり、牧場は閉鎖。
家族は土地も家もすべて手放したが、借金はそれでも残り長女の明子が返済のために女衒に売られていった。
「お嬢さんに触るな!」
女衒につれて行かれる明子に、徳次が追いすがる。
だが、誇り高い明子にはその姿は耐えられなかった。
「よしてや徳次! あんたなんぞにかばわれたら、みじめになるだけや!!」
家のため仕方なく牛や馬のように売られていく、みじめな自分を明子はこれ以上思い知らされたくなかったのだ。
悪い男に貢がされる
お嬢様育ちの明子にとって、女郎となる生活は地獄であった。
とても耐えきれるようなものではない。心がおかしくなってしまう。ここでは「士族の誇り」などなんの役にも立たない。
悲鳴を上げて楼主に叱られ、罰として木に縛り付けられていた明子に、玉吉という男が「かわいそうによ」と助けて優しくしてくれた。
弱りきっていた明子は玉吉の温かい親切が身にしみて、元気を取り戻す。
「あんたがおるから、うちがんばれる」
どんなに苦しくても、玉吉さえいてくれればいい。
だが、次第に玉吉は明子からお金をうまくせびるようになっていった。
徳次が下働きに!
すっかり女郎になってしまった明子であったが、ある日新入りの下働きの男が徳次であるのを見て、驚く。徳次はよその牧場に移ったはずだった。
「わしゃお嬢さんが心配で」
徳次は明子のために、わざわざこんな場所まで働きにきていたのだ。
しかし、顔見知りに落ちぶれた姿を見られることほど苦痛なものはない。
「ようもこげなうちの姿、見に来たな!」
明子は泣いて徳次をビンタし、「恥ずかしい」という気持ちがまだ自分の中に残っているのを感じた。
玉吉に騙されていた明子
玉吉は賭場で何かをしでかしてしまい、「ここにはもうおれん」と言い出す。
そして、明子と一緒によそで所帯をもとう、と言ってくれた。
好きな人と夫婦になれる、とのぼせあがる明子だったが、徳次は「あの男はいけません」と忠告した。
明子は玉吉のあとをつけ、彼が借金のカタに自分を売り飛ばそうとしていたのを知って今まで騙されていたことを知った。
玉吉には愛情などなく、初めから明子を食い物にするために優しくしていたのだ。
呆然として、考えることもできない明子は玉吉に連れ去られそうになるが、徳次がやってきた。
「ついてっちゃなんねえ。そいつは悪党や。お嬢さんのためにゃならん!」
「明子さんはもっと賢い、強いお人のはずや」
徳次の言葉に、目が覚めたような気持ちになる明子。
玉吉が向けた刃を握り、「お嬢さんをなくすほうがよっぽど怖ぇえ!」と向かっていって・・・
「声なきものの唄」第十一話の感想
胸がほわ~っとなるお話でしたね。
普段はちょっとトロ臭くてぼんやりな徳次ですが、牛のようにおだやかで優しい目を持つ青年で、陰から必死で明子を守ろうとします。
明子がどんな境遇に落ちても彼にとっては「お嬢さん」のまま。
男性のこういう誠実な深い愛情って、女性にとってはドツボなんですよ~!!
この事件のあと、明子は東陽楼に移って「巴太夫」になるわけですが、年季が明けたらきっと夫婦になるんでしょうね。
安武わたる先生の描くお話は、どのお話も胸に残るエピソードばかりで本当にすごいなあと思います。
冒頭に出てきた牧場の頃のはちみつパンが妙においしそうで、食べたくなっちゃいました(笑)
つぎのお話は、騙されて外国へ売り飛ばされてしまった「からゆきさん」の回になっています。