若様に対抗意識をもっているお金持ちのボンボン・九持堂の若旦那にしつこく言い寄られるものの、彼が女郎を人ではなく物扱いすることに切なさを感じるチヌ。
何代も続く老舗の一人息子とあって、母親に大事に育てられた九持鶴松は、いつも不始末を母に尻拭いさせていました。
チヌに入れ込むようになってとんでもない事件を引き起こしてしまいますが・・・今回のお話は軽くサスペンステイストです。
作品名:声なきものの唄~瀬戸内の女郎小屋~
作者:安武わたる
「声なきものの唄」第十話 あらすじとネタバレ
若様をバカにするために来たボンボン
チヌのところに、やたらとしつこい客がやってきた。
九持堂の若旦那・九持鶴松は「千鳥太夫がこげんつまらぬ妓だったとは」と、さんざん長居した挙句にチヌを馬鹿にして帰る。
馬鹿にして帰ったくせに、翌日またやってきてチヌを指名し、チップをバラまいて「若様よりええ客やろ」と自慢する。
鶴松は、千鳥太夫が若様のお気に入りだと知って、チヌを馬鹿にすることで間接的に若様を貶めようとしていたのだった。
金に物言わせているのはどっち!?
鶴松の言い分では、若様は金にものを言わせて、どんな女でも好き勝手にしているからいけ好かない、という。
だが当の本人こそが、金の力で女郎たちを物扱いしていた。
若様をバカにするために、うちに会いに来ているのか、と腹を立てるチヌ。
楼主の話では、しっかり者の女将がいる九持堂は名店だったが、ひとり息子が学問もできず、商売もよううまく運べず、結婚しても3ヶ月で嫁に愛想を尽かされた、と不出来な子だった。
若旦那ならぬ、バカ旦那だ、と若様に張り合うために金を遣う鶴松は、遊郭にとってはいいカモだった。
鶴松のモーレツ母さんが乗り込んでくる
チヌにいいところを見せようと、鶴松は自分の店から舶来の化粧水をくすねて持ってきた。
それが母親にバレて、鶴松のモーレツ母が「大事な商売物を持ち出しおって!」と怒鳴り込んできた。
女郎どもに媚びを売るとは情けない、と皆の前で息子を叱りつける母親に、チヌが声をかけた。
「奥様、こん席の主人はこちらの鶴松様にごぜえます」
たとえお母上であっても、ここにいる間は鶴松こそが立場の一番上な大切な客人。
化粧水はすべてお返しするから、どうかお帰りくださいと手をつく。
豪快な母は、自分に意見するおなごがいたのかと笑い、大人しく帰っていった。
なつかれてしまうチヌ
母親に頭があがらない鶴松は、チヌが母をうまく扱ったことですっかりチヌになついてしまった。
「お母上に叱られてん、うちに会いに来てくださったんでっしゃろ。うれしいわあ」
そう愛想をしただけで惚れてしまい、「身請けしたい」とまでの入れ込みよう。
かわいそうなチヌを身請けしたいという息子を見て、鶴松の母は「おまいはやさしいなあ」と、幼いころのことを思い出す。
「前の嫁のようなんはごめんやで」
としっかり釘を刺したが、前の嫁は女中で「里に帰った」ことになっていた。その女中には帰る里などなかったにもかかわらずーー
ストーカーになる鶴松
思い込みの激しい鶴松は、チヌがイヤイヤ金で若様に自由にされていると思い込み、「ほんまはわしのことが好きなはずなのに」と思いつめる。
そして若様が風邪を引いて心配していたチヌに「いい風邪薬がある」と嘘をついて、店の裏口で気絶させ、蔵の中に監禁してしまった。
柱に縛り付けられたチヌは、鶴松が自分を閉じ込めて何をするかわからない、とゾッとする。
息子の不始末を片付けようとする母
帰ってこないチヌに、東陽楼が足抜けではないか、と大騒ぎになる。だが、鶴松とチヌが一緒にいたのが目撃され、九持堂へ「うちの千鳥を返せ」と押しかける。
騒ぎを聞いて、鶴松の母親は閉じ込められたチヌを探し出した。
「うちのバカ息子がさらったんやね?」
母親は鶴松が何をしでかしたのか、すべてわかっていた。そして、息子の始末は自分がいっつも片をつけているのだ、と怖い顔で話してチヌに刃を向けた。
身請けもできない女郎が息子のまわりをチョロチョロしていては困る、というのだ。
前の嫁も、この母親の手にかかった。
「あんたも消えとくれ」
必死で逃げようとするチヌに、母は容赦なく襲いかかってきて・・・
「声なきものの唄」第十話の感想
バカであればあるほどに、かわいいひとり息子。
名店の女将が甘やかして育ててきた鶴松は、かなり歪んだストーカー気質の男に育っていました。
若様に嫉妬してチヌに会いにきて、やがてチヌが自分のことが好きなはずだ、と思い込み監禁・・・怖いッス。
この母親もまともそうに見えて、「息子のためならなんでもする」というヤバイお方でした。
前のお嫁さんが、じつはお母さんに埋められていました、というサスペンス展開。
チヌはこの二人のことを「似とらんようで似ていた。おのれら以外は、『人』と思っとらんところが」と。
母親の愛情も行き過ぎると、こうなってしまうんですね。
今回のお話は、推理サスペンスっぽくて面白かったです。